- 冷温帯林におけるブナの衰退と立地環境
- 近年、世界各地からブナ科樹木の衰退の報告があります。寿命を迎えたブナ科樹木が何らかのストレスにさらされ、最終的には菌類や食葉性昆虫、穿孔性昆虫の攻撃を受けて枯死に至るなど、衰退には複数の要因が関与していると考えられています。冷温帯と暖温帯の境界域にあたる京都大学の芦生研究林では、シカの過採食による下層植生の消失やナラ枯れによるミズナラ大径木の枯死など、今世紀に入ってから劇的な変化が起こっています。林内で大径木の枯死が目立つブナに注目し、その成長と生残、胸高直径10cm以上への進級状況を解析しました。解析には、スギとブナが優占する芦生研究林のモンドリ谷(16ha)において1992年から5年毎に20年間継続した毎木調査のデータを用いました。
1992〜1997年を1期、1997〜2002年を2期、2002〜2007年を3期、2007〜2012年を4期とすると、スギの胸高断面積合計は1期から4期にかけて増大し続けたのに対し、ブナの胸高断面積合計は1期から4期にかけて徐々に減少していました。直径の増大に伴う成長量の変化を考慮した上で比較すると、スギとブナの直径成長量は1期から3期にかけて減少し4期に増加していました。同様のパターンはミズナラやミズメなど他の優占種でも見られました。また、スギの枯死確率は直径が細いほど高くなっていたのに対し、ブナの枯死確率は直径が太いほど高くなっていました。胸高直径10cm以上への新規加入個体数はブナでは3期にピークが見られました。多くの優占種の成長に同様の影響を及ぼすような長期的な変化が調査地で起こっていること、ブナでは大径木が枯死しやすい状況が20年間続いていること、新規加入はあるものの胸高断面積合計は減少し続けておりブナは衰退過程にあることが示唆されました。
調査地ではシカの過採食により下層植生の衰退も顕著で、土壌流出の傾向が見られます。このような変化がブナの衰退に影響を及ぼしているのであれば、急傾斜地で枯死確率が上がっている可能性があります。そこで、ブナ衰退の要因として立地環境と立木密度に注目し、固定プロットの全域と一部を対象に異なるスケールで解析を行いました。
まず16ha全域を256個に分割する25m四方のサブプロット単位で、プロット境界の測量データから地形要素(標高・斜面傾度・斜面方位・凹凸指数)を算出しました。これらとサブプロット単位の立木密度を説明変数とし、1992年から20年間のブナの枯死確率をサブプロット単位で予測するモデルを構築し、モデル選択を行いました。次に固定プロットの一部(1.5ha)を対象に、立木と枯死幹の位置と標高をDGPSとレーザ距離計を用いて測量しました。この測量データから計算した地形要素と立木密度及び個体の胸高直径を説明変数とし、1992年から5年毎のブナの枯死確率を個体レベルで予測するモデルを構築し、同様にモデル選択を行いました。
サブプロット単位の解析では、検討した地形要素と立木密度はいずれもブナの枯死確率を予測する最適モデルに説明変数として採択されず、ブナの枯死に影響を及ぼしている要因を明らかにすることはできませんでした。一方で個体レベルの解析では、立木密度と個体の胸高直径が最適モデルに説明変数として採択され、胸高直径が太くなり周辺の立木密度が高くなるほどブナの枯死確率が上がっていることが明らかとなりました。地形要素は説明変数として採択されず、下層植生の衰退がブナの衰退に及ぼす間接的な効果は検出されませんでした。