過去のスペシャルセミナー情報

日時:2009年6月19日 15:30-
場所:京都大学農学部総合館W306室



最適採餌捕食者は,ベイツ型擬態を片利的にする
本間 淳 博士 (京都大学大学院理学研究科)
 擬態現象は,その発見以来約150年にわたって進化生物学における自然選択説の代表的な例として盛んに研究が行われてきた.捕食者は,警 告色をもつまずい餌(モデル種)を学習し,避けるようになる.その過程に見かけの似ているまずくない餌(ミミック種)が入り込むと, この忌避学習が阻害されるはずである.これをベイツ型擬態と呼び,一般にミミック種は寄生者であると考えられている.一方,複数のま ずい種の間で警告色が似通っている場合,捕食者がこれらを同一のものとして学習すれば,学習の過程で各種の個体が受ける被食リスクは 減少するはずである.これをミュラー型擬態と呼び,これらの種は相利的な関係にあると考えられている.
 近年,心理学において得られた動物の学習・忘却の過程に関する知見を取り入れた擬態理論が提出され(Speed 1993),実験的な支持も得つ つある.しかし一方で,本来ミュラー型擬態になると予測される条件で,寄生的な関係が生じる(quasi-Batesian)との予測を導くため, 新たな論争を引き起こしている.発表者は,この「心理学モデル」が仮定する捕食者の振るまいには最適採餌が含まれていないことを指摘 し,これを導入したシミュレーションモデルを作成した.
 シミュレーションモデルが示す仮想捕食者の振る舞いはこれまで提出されてきた理論よりも,実際の鳥類捕食者のものによく一致した.一 方で,このシミュレーションモデルが示した予測は従来の理論とは大きく異なるものであった.すなわち,1)モデル種,ミミック種以外 の代替餌が十分にある場合(実際,野外で見られる状況),ミミック種が増えてもモデル種の被食リスクは増大しないこと,2)代替餌が どの程度豊富にあるかが,ミミック種がモデル種に与える影響の大きさを決定し,捕食者の心理学的特性はほとんど効果を持たないこと, 3)モデル種の被食リスクを決定するのは,モデル種の絶対密度であって,ミミック種に対する相対密度ではないことである.
 本研究の結果は,以下の2つの要因が,ミミック種がモデル種の被食リスクを増大させる効果を過大に評価してしまう原因となっていること を明らかにした.すなわち,a)代替餌の存在を無視していたこと,そしてb)「捕食圧一定」を暗黙の内に仮定していたこと,である.これ らを考慮すると,ミュラー型擬態は常に相利的であり,ベイツ型擬態は片利的な関係になると考えられる.


警告色の多様性の維持機構
持田 浩治 博士 (京都大学大学院理学研究科)
 警告色とは,不味さと関連した目立つ色彩のことを言う.この鮮やかな色彩を持つ動物は,捕食者に,以前経験した不味い餌と同じように 自分が不味いものである,ということを認識させる必要がある.この捕食者による経験と学習は,動物の持つ警告色が互いにより似通う方 向に進化する淘汰圧として働く.しかし現実には,種間はおろか,種内においてさえも警告色の多様性が維持されていることが知られてい る.この多様性が抱える理論と現実のパラドクスは,C. Darwin (1887) から始まる長い歴史と伝統を持った警告色の研究における未解決な テーマの一つとして,現在でも盛んに研究が行われている.
 本発表では,野外に実際に生息している生物(アカハライモリ, Cynops pyrrhogaster)の警告色の地理的変異のパターン(島嶼特殊化と緯 度勾配)を紹介し,その維持機構をアカハライモリの生息環境の生物的・非生物的環境要因により説明する.本発表は,理論モデルや実験 生物学が先行してきた警告色研究において,それらの結果をフィールドデータに還元することで,生息環境に対する適応進化という観点か ら警告色の多様性の維持機構を説明するものである.
Keywords Aposematism, Correlated evolution, Latitudinal cline, Evolution on island, Newt.