日時:2012年6月15日 16:00-
場所:京都大学農学部総合館W502号室
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福島 慶太郎博士 (京都大学フィールド科学教育研究センター・研究員) |
現在,日本の森林は新たな攪乱の時代を迎えている。人工林では,間伐遅れの状態を打開すべく行政や森林組合等が
積極的に皆伐や間伐を実施し始めている。里域にみられるアカマツ林や二次林では,マツ枯れやナラ枯れが拡大し,
深刻化している。天然林では,近年急速に増加したシカによって下層植生が過剰に採食され,植生の単純化,裸地化が
報告されるようになってきた。このような森林植生への攪乱は,多くの場合窒素の流出が起こる。これは,植生と
土壌との間に構成される窒素の内部循環が改変し,生態系の窒素保持機能が低下することが主な要因であるとされる。
森林渓流からの窒素負荷の増大は,下流の水域生態系の富栄養化の一因となり,生物生産に深刻な影響をもたらす可能性がある。
したがって,国土の約7割を占め,水源域のほとんどが森林で覆われる日本において,森林生態系への攪乱に伴う窒素流出の
パターンとメカニズムの解明が急務である。本講演では,スギ人工林において皆伐・再造林後の窒素流出の変化と,
針広混交天然林において防鹿柵設置後の下層植生の変化に伴う窒素流出の変化についての研究例を紹介する。
スギ人工林では,皆伐後の窒素流出を減少させる主な要因は植栽されたスギの成長であった。しかし,林冠が閉鎖した
以降はスギの成長速度が低下したのに対し,土壌への窒素蓄積が増加しており,皆伐後にスギ人工林が再び成立する過程で,
窒素の保持機構が植物への吸収から土壌への蓄積へと移行していくことが示された。
シカによる下層植生の衰退が著しい天然林での研究では,防鹿柵を設置した集水域において徐々に下層植生が回復していき,
それに伴って渓流水中の硝酸態窒素濃度が低下する傾向が見られた。防鹿柵設置5年が経過した集水域と,それに隣接する
下層植生の衰退した集水域とで窒素収支を取ると,下層植生による窒素保持量が,渓流への窒素流出量の7-9割に相当した。
これまで森林生態系の物質循環において,下層植生はあまり重要視されてこなかったが,生態系の窒素保持に大きな影響を
与えていることが分かった。ただ,防鹿柵外では現在少しずつ不嗜好性の植物が拡大している。今後は不嗜好性植物で
占められる多様性の低い場合と,柵内にみられる多様性の高い場合とで物質循環にどのような違いが生じうるのかに
着目した研究が必要であり,その展望を議論する。
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