過去のスペシャルセミナー情報

日時:2008年4月24日 16:00-
場所:京都大学農学部総合館W306室



養菌性キクイムシは菌類の“農耕”を営むのか?
― 森林病害虫カシノナガキクイムシに関連する酵母類の研究 ―
遠藤力也氏
(地域環境科学専攻 微生物環境制御学 博士課程2回生
理化学研究所バイオリソースセンター 微生物材料開発室 研修生)
人類の農耕は1万5千年ほど前に始まったとされているが,それより遥か前に“農耕”を営み始めたものがいるという.(高等)シロアリ (Termites),ハキリアリ(Attine ants),そして養菌性キクイムシ(Ambrosia beetles)といった昆虫たちがそれで,菌類を育てて自ら の餌にする“農耕”を,実に400万年以上昔に開始したといわれている(Mueller & Gerardo, 2002).そんなユニークな生態をもつ昆虫の 一種が,いま日本の森で大きな問題を引き起こしている.
 昨今,“ナラ枯れ”と呼ばれる劇症型樹木病害(ブナ科樹木萎凋病)が本州の日本海側の森林で大流行し,ミズナラ・コナラを始めとす るブナ科樹木が大量に枯死している.この樹木病害は,養菌性キクイムシの一種,カシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus,以下, カシナガ)が植物病原糸状菌 Raffaelea quercivora を伝播することによって起こる.カシナガは宿主樹木の材内に穿孔し,そこで巣(坑 道)を造営して繁殖するが,このとき巣内には病原菌の他に共生菌が持ち込まれ,その共生菌は坑道壁に“播種”される.次世代の幼虫た ちは坑道壁に生えてきた共生菌を餌にして成長し,樹木の中で羽化して翌年の初夏に新たな宿主樹木へ飛び立っていく.カシナガの餌とな る共生菌は酵母類であることが疑われてきたが,分類学的検討がなされず,その正体は不明であった.
 そこで演者らは,「森林病害虫・カシナガの食餌菌とは何か?」を明らかにすることを目的として,研究を開始した.ミズナラ・コナラ ・コジイなどのカシナガの坑道壁から菌類を分離した結果,20 種以上の酵母類が確認され,そのほとんど全てが未記載種であることが示唆 された.また,病原糸状菌 R. quercivora 以外にCandida属の酵母 2 菌種が,樹種に依らず高頻度に分離されることが判った.理化学研究 所バイオリソースセンター微生物材料開発室との共同研究によりこのうちの1 種をCandida kashinagacola sp. nov. と命名・記載し(Endoh et al., 2008),残る一方も新種として発表することを予定している.
 上述したように,カシナガの坑道から分離される主要菌種はこれまでに判明したが,それらが実際に虫の餌になっているかどうかはまだ 解明できていない.本発表ではこれまでに得られた実験結果を紹介するとともに,「まだ明らかになっていないこと」も紹介して議論を深 めたい.